ヴイヴィアンーウェストウッドの芸風を雑誌の安易なコピー風に言えば、「パンクの女王」。でも、正確にはその頭に上尹が付く。70年代のアンダーグラウンド時代は確かにパンクファッションを生み出したパンクの女王であった。しかし流されない骨っぽさはまさにパンクスピリッツ、今だに健在、といった感じだ。パリコレに進出した80年代以降は、穴あき、引き裂き的な、いわゆる古典的なパンクファッシヨンとは路線を異にしている。基本は19世紀のクラシックなデザインを現代風にアレンジした女らしい(セクシーな)服。セカンドラインの「レッドレーベル」に至っては、普通の女の子でも気軽に着られるようなかわいらしさを持っている。ただし、服作りへの姿勢は今でもパンク。ただ、世間一般のイメージ(=パンク)に比べれば、かなり落ち着いた服が多い。ニューヨークのようなリアルクローズではないが、デザイナーのクリエイティブ性ばかりを押しつけられるような着られない服でもない。ある意味で、正統派クチュールブランドの意志を継いだような正しい服。そのため、着る人によってはお金持ちのコンサバ風服にも見える。数年前まで、かつでのパートナー、マルコムマクラーレンもコレクションを開いていた。
ナイスクラップといえば、一〇代から二〇代のヤング層をターゲットに急成長した企業である。八〇年代のDCブランド時代にメーカーの視点(つまりプロダクトアウトの発想)で商品作りをしてきた。成長の主要因は、商品の鮮度を重視したマーチャンダイジングにあった。例えば、同社が鮮度を保つ手法は四五日ごとに売場の商品を替えるというものだ。一九八五年に初めて東京・原宿に直営店を出店し、それが大成功を収める。そして創業二八年目にして株式店頭公開にこぎつけた。当時、婦人服業界で二〇%を超える利益率を出していたのは同社だけであった。卸からSPA転換を図ったきっかけは、卸売をしていた時代に、小売店を廻っていても商品の鮮度感を保つことができなかったことだ。もう一つは、自信をもって作った商品が、小売から注文がなかった点。消費者が欲しているものが何か、卸では適格に捉えられない。こうした背景から直接、小売経営に進出したのである。
しばらくぶりにデパートに出かけると、すっかり季節の先取りでわくわくさせられる。危ない、こういう時は舞い上がってなんやかやと欲しくなってしまうもの。気を引き締めてと思いつつ、わくわく気分は鎮まらない。しかし、昔に比べると賢くなった。というのとも違うな。悲しいかな似合う物が少なくなったというのが本当のところだ。それは自然の摂理なのだけど、自分自身のコンプレックスにつながっていく。どこかで、こんなものだというあきらめ、というか開き直れたら楽なのにと思うことがある。一方では、努力して美しくあること、それは死ぬまで続くのよという声も聞こえてくる。だから、できるだけ努力して無理なところは無理に従った素敵さを心がける。そんなことを日々考えているのだが、新しい素敵な物に出合うと、年齢も体形も美醜もすっかり忘れて飛びつきそう。危ない。