現役生対象でも、浪人生対象でも。予備校・塾には、単科制とコース制があります。単科制は、受講したい科目をアラカルト方式で自由にチョイスできるものです。受験に必要な科目、弱点科目のみを選んで、それだけを受講することができます。コース制では、たとえば、「私立文系コース」などといって、あらかじめ予備校・塾が指定した科目数をパックで受講するものです(「私文英語+私文国語+地歴・公民から一科目選択」など)。浪人生などは、どのコースを選択するかによって、ほぼ自動的に、時間割りが決定します。ただし、近ごろは、コース制にも融通がきき、指定の科目数であれば、自分で、比較的自由に時間割りを組める予備校・塾も出てきました。
入会の時に責任者が適切なアドバイスをしてくれるはずだから、謙虚にその意見を受け入れるようにすれば、進学コース、補修コースという、コースの選択で失敗することはない。総合塾というのはこのようなところだから、自分の子どもの実力がどれぐらいかわからない場合や、どんなコースを選んだらよいのか見当がつかない時には、大変便利である。さらに中学受験の場合は、はたして受験に耐えられるだけの能力が現在備わっているかどうかも、総合塾では適切に判断してくれることが多い。総合塾は、学校の成績が5段階で2から5の子どもが集まっているところだから、進学に対するノウハウも、中レベル以下の生徒を教える技術も持っているところが多い。
受験競争の渦中にある受験生には、理解し難いかもしれませんが、浪人時代を過ごすことは恥ではなく、その後の人生を考えるうえで、かけがえのない大きな意味を持っているからです。考えてみてください。大学受験の時期はいわば子供から大人への端境期で、昔の日本では兵役を迎える年代で、当時を振り返れば、肺炎、結核などの罹病、さらには両親との死別など大きな試練が待ち受けていたものでした。この試練に向き合うことで、人生に対する考察を深めて、大人の世界に脱皮していったのです。現代は若者が、深くものごとを考える機会はほとんど皆無に近い状況です。あえていえば、浪人時代が唯一それに近い存在といえるのではないでしょうか。受験生はもちろんのこと家族も、浪人など望んでいないのは当たり前です。あえて、この問題を取り上げたのは「入学のみが受験の目的であってはならない。夢や可能性を摘み取らないために、選択肢に浪人も入れてよい」といいたいのです。