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爆竹なきあとのベトナムはどうなった?

けたたましい破裂音と硝煙が立ちこめるベトナムのテト(旧正月)。この人々の邪気払いと憂さ晴らしにもってこいの爆竹が、ベトナムから消えてから数年がたつ。一九九五年から爆竹の製造と使用を禁止したのだ。テトの期間だけで、爆竹による死傷者が何百人も出ていた。例年、政府は爆竹の使用自粛を呼びかけてきたが、一向に効果は上がらず、安全性と街の汚れを防ぎ、なおかつ国民の無駄遣いを廃止するため、使用禁止に至った。日本人にとってみれば、たいしたことではないかもしれない。しかし、ベトナム人の爆竹に対する思い入れは相当強い。爆竹代だけで、年間の給料の一、二ヵ月分をつぎ込んでいたという。これでは不経済だと考えるのも無理もない……そしてその後、さすが商売上手のお国柄、爆竹なきあと誕生したのが、爆竹の音を録音したカセットテープ。最初から最後まで、バチバチ、パンパンと爆竹のはじける音が延々と録音されている。けっこうこれが大ヒット。また、爆竹の形をした飾りものや光が点滅する疑似装置なども発売されたとか。ベトナム人たちは、とりあえず、なんとかテトを楽しんでいたかに見えた。しかし、その後、違反する例もあったため、政府は爆竹を連想させるものすべてを禁止した。例えば爆竹を宣伝する写真や絵、爆竹もどきのおもちゃなどもダメ。「爆竹を使う習慣を思い出すといけない」からとの理由だとか……。

アメリカの大自然を満喫するデュード・ランチ(牧場生活)

農場に泊まるファームステイ、家庭で暮らすホームステイは既におなじみだが、アメリカには牧場に住むデュード・ランチがあることを知っているだろうか。“デュード”とは、荒々しい未開の西部を旅する東部のひ弱な都会人という意味で、特に南西部のテキサスやアリゾナ、コロラド州に多く、大自然の澄み切った空気の中で、快適なカントリー生活が満喫できる牧場である。例えば、テキサス州ジャステンにあるテキサス・リルズ・ダイヤモンドAランチでは、車で行くと顔をバンダナで覆った数人のカウボーイが銃を向け、「ドアを開けろ、さもないとケガをすることになるぞ」と西部劇並みに荒っぽい歓迎ぶりで客を迎えてくれる。到着後、冷えたビールで喉を潤し、まず乗馬にチャレンジとなる。サイズに合った馬具を選び、延々と続く地平線を眺めながら近くの森ヘホ一ス・トレッキングする。もちろん本物のカウボーイたちの先導つきだ。夕食は、テキサスサイズの分厚いステーキ。そして、ジャックダニエルなどを口にしながら、カウボーイとともに星空の下でキャンプファイアする。翌朝は昨日の焚き火の周りでベーコン、卵、ソーセージなどをカウボーイたちがワイルドに焼く、“カウボーイ・ブレックファスト”で目が覚める。それから後再び馬に乗り、早朝の牧場を散歩する。牧場にはプールがあり、昼間はそこで泳いだり日光浴をしたりと、自由気ままな時間を過ごすというわけである。ランチは肉にポテトサラダ、ホットロール、デザートに冷えたビールかワイン、ソフトドリンクというメニュー。更に豪華なデュードもある。アリゾナ州のツーソン郊外にあるホワイト・スタリオン・ランチは100年以上の歴史を持つ大牧場で、広さは1214平方メートル、28室70名収容とホテル並みの宿泊施設を持つ。温水プール、ギフトショップも揃い、シーズンは10月から4月下旬まで。ツーソン空港から牧場までの送迎も可能だ。こうしたデュード・ランチでは様々なアクティビティを用意しているが、一度試したいのが月明かりの夜に大草原を駆け抜ける“ムーンライト・ライト”だ。夜といっても結構明るく、岩山の間を走る爽快さはこたえられない。乗馬の初心者でもレッスンしてくれるし、誰でも乗れるようにしつけられた馬が用意されている。簡単に馬の乗り方を教えておくと、馬に乗ったら背筋を伸ばして手綱を持ち、馬の首を支えるように引き気味に持つ。そして右に曲がりたかったら右に、左に曲がりたかったら左に引けばいいのだ。馬とは、なんと便利で可愛い乗り物かが分かる。

北東日本への関心は薄れてくる

日清・日露戦争以降になると、大陸や南洋の植民地経営にフロンティアとしての関心が移っていって、相対的に北東日本への関心は薄れてくる。しかし、明治百年の総決算としてみたとき、落ち込みが激しいのは薩長土肥など西南日本と北陸で、東北は数字のうえでもけっこう健闘しており、さらに北海道を含めた北東日本全体でみれば躍進ぶりはより顕著である。この地方のより明るい未来を考えると、東北とか北東日本という発想ではなく、北日本という捉え方をすべきではないか。北日本ということなら北関東、北陸、山陰あたりまで視野においた経済文化圏が構想できる。気候風土にあった文化や生活様式もできてくるだろうし、それをもとに大きな拡がりを持った市場が成立することで産業も発展する。たとえば、住宅の様式でも雪国にもっと向いた形があるだろう。そうしたものを北日本的な生活文化様式として確立できれば素晴らしいことだ。